菌糸体は建築素材になれるか?12カ国28人の専門書が示す実用化への道筋と残る課題
ニュースの概要
専門メディアMaterialDistrictが、キノコの根にあたる菌糸体を建築やデザインに使う研究の広がりを取り上げた。きっかけは、建築家でデザイン研究者のDilan Ozkanが編集した書籍『Mycology for Architecture: Methods and Applications of Mycelium Materials in the Built Environment』の刊行である。この本には12カ国・28人が参加し、菌糸体素材の作り方から建築での使い道までを横断的にまとめている。菌糸体は、おがくずなどの農業副産物を餌に育てて固めることで、軽くて断熱性のある素材になる。これまで個別の実験や展示で語られがちだった分野が、一冊の資料として整理された点に意味がある。
引用元: 菌糸体素材の建築・デザイン用途を扱う専門書が刊行(MaterialDistrict)
分析・見解
展示の話題作から、設計者が読める手引きへ
菌糸体建材は、これまで「面白い実験」として語られることが多かった。2014年にニューヨークで建った塔「Hy-Fi」や、2017年にソウルで披露された「Mycotree」のように、象徴的な試作が注目を集めてきた。ただし展示は、見て終わりである。設計者が実際に使うには、作り方、強度、耐久性をそろえた資料が要る。
今回の書籍は、その空白を埋める位置づけにある。12カ国・28人という執筆陣の広さは、一社や一大学の手法に偏らず、複数のやり方を並べて比べる土台ができつつあることを示す。加えて、設計、材料科学、生物学が一冊に同居することも大きい。建築側は菌の性質を、菌の研究者は建築の要求を、互いに知る機会が少なかったからだ。
育てる素材の強みと、避けられない弱点
菌糸体は、おがくずや麻の茎などに菌を混ぜ、数日から数週間かけて固まりに育てる。型に入れて育てるため、焼成や高温の工程が要らない。軽く、断熱や吸音にも向く。最後に加熱して菌の活動を止め、乾燥させて使う。
弱点も明確である。圧縮強度(=押しつぶす力への強さ)はコンクリートに遠く及ばない。湿気や火にも弱い。そのため柱や梁ではなく、内装パネル、断熱材、仕切りのような荷重を負わない部分が現実的な入口になる。防火については、不燃材で覆う設計や難燃処理が検討されるが、その分コストと手間が増える点は見ておきたい。
最大の壁は品質のばらつきと規格の不在
ここに私は注目したい。菌は生き物なので、温度、湿度、餌の種類で出来上がりが変わる。同じ配合でも、工場や季節で性能が揺れることがある。建築では、数値で保証できない素材は採用されにくい。試験方法が共通化されなければ、データが集まっても比較できない。
複数国の研究者が方法を並べた意義は、ここにある。各地の原料や気候に合わせた育て方を、同じ物差しで測る流れを作れるからだ。木材も本来は、節や年輪で一本ごとに性質が違う素材である。それでも等級区分や乾燥の基準が整い、建築で信頼を得た。菌糸体が目指すべき道も、似たものになるだろう。
皮革で先行した産業化は建材に波及するか
菌糸体はすでに、キノコ由来の皮革代替素材で量産への道を歩んでいる。育てる工程の管理や、乾燥・仕上げの勘所は建材と共通点が多い。皮革で磨かれた培養管理が転用されれば、品質の安定は早まる可能性がある。また、農業副産物を原料にできるため、地域ごとの小規模生産と相性がよい点も見逃せない。輸送距離の短い建材は、環境面の説明もしやすい。
ただし建材は、一枚あたりの単価が低く、大量で安価な供給が求められる。皮革より採算の条件は厳しい。当面は、付加価値の高い内装、イベント空間、仮設建築で実績を積むのが筋だろう。
ビジネスへの影響
まずは荷重のかからない内装や仮設で試す
建材メーカーや設計事務所は、荷重のかからない用途で小さく試すのがよい。吸音パネル、間仕切り、展示什器、店舗内装、期間限定の建物などが候補になる。この領域は強度や防火の要求が比較的緩やかで、素材の見た目や物語そのものが価値になる。展示会や商業施設の改装は、話題性が売上に直結しやすく、試験導入の場として向いている。失敗しても影響が小さい点も利点である。まずサンプルを取り寄せ、自社案件の湿度環境や防火区分で使えるかを確かめる作業から始めたい。
調達の前に確かめたい三つの確認事項
第一に、試験データの有無である。圧縮強度、曲げ強度、吸水率、燃焼性が第三者機関で測られているかを見る。第二に、原料の安定調達である。地元の農業副産物を使うなら、供給量と季節による変動を確認する。第三に、使い終わった後の扱いである。堆肥にできるとされていても、接着剤や塗料を加えれば話は変わる。価格は、現時点では従来の断熱材や内装材より高くなる前提で見積もるのが無難である。契約書には、性能の保証範囲とロットごとの検査方法を書き込んでおきたい。
環境価値を数字で示し、共同研究先を探す
サステナビリティ報告で低炭素の素材を打ち出したい企業は、「自然由来だから環境に良い」という印象だけで語らないことが重要だ。製造から廃棄までの排出量を計算し、コンクリートや従来の断熱材と比べた数字を用意する。そうすれば、投資家や発注者への説明に耐える。
また、今回の書籍のように複数国の研究者が集まる成果は、大学や研究機関とつながる入り口にもなる。国内の農業残渣に合う育て方を探す共同研究は、素材開発企業にとって近道になる。小さな試作を重ねつつ、規格づくりの議論にも早めに関わることが、数年後の優位につながる。